「怪我人」が再びもがき始めた

「怪我人」が再びもがき始めた。
「主任さん。しっかり捕まえていて下さい」
 そう云って博士が、「怪我人」の頭へサッと両手を差伸べると、相手は俄然、死物狂いで暴れだした。主任は、ムキになって押えつける。とうとう二人は力余って立ってしまった。博士も続いて立上ると、容赦なく頭の繃帯を解きはじめた。白い長いその布が、暴れながらも段々ほどけて、下から……顎……鼻……頬……眼! と、いままで博士の後ろで立竦んでいた宇吉が、肝を潰したように叫んだ。
「ややッ……これは先生ッ!」
 ――まったく、皆んなの前には、死んだ筈の赤沢医師が、蒼い顔をしてつッ立っていた。

 警察から差廻された自動車の中で、松永博士は云った。
「――こんな狡猾な犯罪は、聞いたことがありませんね。……いつも『脳味噌をつめ替えろ』と叱られた狂人が、とうとう狂人らしい率直さから、その教えを実行してしまった、と見せかけて、実は逆に狂人のほうを殺して、自分が死んだような振りをするなんて……成る程、荒療治で脳味噌をとったりすれば、顔なぞ誰の顔だか判らなくなってしまいますからね。着物をとり替えて置きさえすれば、それでいいんですよ……だが院長、『トントン』と『怪我人』の屍体を間違えるなんて、えらい失敗をやったもんですね。……え? ああ、銘酒屋の女将の見た男は、『トントン』じゃアなくてむろん院長ですよ。誰かにああ云う場面を見せて置いて、線路へ来ると、予め殺して置いた『怪我人』の頭を、いかにも脳味噌をつめ替えるために『トントン』が自身でしたように見せかけて、汽車に轢かしたわけでしょう。

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