焦点硝子の上には

 焦点硝子の上には、橋の向うから突然現れた一台の自動車がうつった。緩々とこっちへ走ってくる。それが実に奇妙な形だった。低いボデーの上に黒い西洋棺桶のようなものが載っている。そして運転しているのは女だった。気品のある鼻すじの高い悧巧そうな顔――だがヒステリー的に痩せぎすの女。とにかくその思いがけないスナップ材料に、僕はおもいきり喰い下がって、遂にパシャンとシャッターを切った。
 眼をあげて、そこを通りゆく奇妙な荷物を積んだ自動車をもう一度仔細に観察した。エンジン床の低いオープン自動車を操縦するのは、耳目の整ったわりに若く見える三十前の女だった。蝋細工のように透きとおった白い顔、そして幾何学的な高い鼻ばしら、漆黒の断髪、喪服のように真黒なドレス。ひと目でインテリとわかる婦人だった。
 奇妙な黒い棺桶のような荷物をよく見れば、金色の厳重な錠前が処々に下りている上、耳が生えているように、丈夫な黒革製の手携ハンドルが一つならずも二つもついていた。
 棺桶ではない。どうやら風変りな大鞄であるらしい。
 婦人は蝋人形のように眉一つ動かさず、徐々に車を走らせて前を通り過ぎた。僕はカメラを頸につるしたまま、次第に遠ざかりゆくその奇異な車を飽かず見送った。
「お気に召しましたか。ねえ旦那」
「ああ、気に入ったね」

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