先生は一と廻りしてしまったあとで
「なるほど西郷隆盛は近代の偉人だ。あるいは、日本の近代では一番の偉人であるかも知れない。が、彼は謀叛人だ。陛下に弓をひいた謀叛人だ。そしてこの謀叛人であるということに、よしそれがどんな事情からであったにしろ、またほかにどんな功労があったにしろ、とうてい許されることはできない。いわんやその謀叛人を理想し崇拝するなぞとは、もってのほかだ。」
先生の僕の答に対する批評は大たいこんな意味だった。そして最後に先生は、みんなの理想し崇拝しなければならぬ人物として例の孔子様をあげて大いにその徳を頌した。
僕はこの批評が非常に不平だった。僕が読んだ本では彼の謀叛は陛下に弓をひいたのではない、いわゆるその何とかの下にかくれている姦臣どもを逐い払うための謀叛だとあった。僕もそう信じていた。しかし先生にこう言われてからは、そんなことはもうどうでもよくなった。許されようが許されまいがそんなことはもう問題ではなくなった。とにかく彼は偉かったんだの一点ばりになった。そして家へ帰ってまた西郷南洲伝を読み返して彼をすっかり好きになってしまった。
この西郷南洲伝はさらに僕を吉田松陰伝や平野国臣伝に導いた。そしてそのどんなところが気に入ったのか忘れたが、とにかく平野国臣は何だか非常に好きだったように覚えている。
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