何処の家庭でも
その種の尽きた時、どうしても争はねば、気が済まない場合には果ては食物の嗜好のことが、唯一の争ひの題材となつた。
――俺は酢の物は大嫌ひだと、あれ程いつもいつてゐるではないか。
――でも。
――何がでもだ。調味料として、我々の家庭には、酢は絶対に使つてはいかんよ。
私はホテルの支配人のやうに、肩をいからして、この料理人にむかつて命令をしたのであつた。妻は一瞬その眼をほがらかにして、
――でも酢の物を喰べると、骨が柔かになるといひますわ、
と答へるのであつた。そして妻は、支那人の曲芸をやる者は、酢を飲んでゐること、平素酸性の多い食物をとつてゐると、たしかに身体が柔かになり、したがつて女の容姿がよくなること。婦人は身嗜みとして、平常から食物の上にもこの位の細心な注意が要すること。などゝ急に雄弁になつて、彼女一流の理屈を述べたてた。
――蛇のやうに、醜悪な姿態をつくつて、街を歩いてゐる女をよく見かけるが、あれなどは酢を飲みすぎた女だな。
私は思はず苦笑して、妻の顔を見あげたのであつた。
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