おげんは菓子鉢を持って

 おげんは菓子鉢を持って、いつものように離れ座敷へ顔を出した。うるさい、いじらしいを通り越して、この頃の澹山は彼女の顔をみるのが何だか恐ろしいようにも思われた。小賢しい江戸の女を見馴れた澹山の眼には、何だかぼんやりしたような薄鈍い女にみえながら、邪宗門の血を引いているだけに、強情らしい執念深そうな、この田舎娘に飽くまでも魅こまれたら、結局はどうしても彼女の虜になるのではないかと、自分ながらも一種の不安を感じて来たので、努めて彼女に接近するのを避けているのであるが、彼女にもおそらく自分の秘密を知られているのであろうという不安と、今では仮りにも師弟となっている関係とで、この頃いよいよ摺り寄ってくる彼女をどうしても払いのけることが出来なかった。
「ここらではいつ頃まで雪が降ります」と、澹山は手あぶり火鉢を彼女のまえに押しやりながら訊いた。

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