老女は声をあげて笑った

 老女は声をあげて笑った。年にも似合わない華やかな声がわたしの注意をひいた。
「先刻《さっき》はまことに失礼をいたしました。」と、女はかさねて云った。「わたくしはかみなり様が大嫌いで、ごろ/\と云うとすぐに顔の色が変りますくらいで、若いときには夏の来るのが苦になりました。それに、当節とちがいまして、昔はかみなり様が随分はげしく鳴りましたから、まったく半病人で暮す日がたび/\ございました。」
「ほんとうにお前さんの雷《らい》嫌いは格別だ。」と、三浦老人も笑った。「なにしろ、それがために侍ひとりを玉無しにしたんだからね。」
「あゝ、もうその話は止しましょうよ。」と、女は顔をしかめて手を振った。
「まあ、いゝさ。」と、老人はやはり笑っていた。「こちらはそういう話が大変にお好きで、麹町からわざ/\この大久保まで、時代遅れのじいさんの昔話を聴きにおいでなさるのだ。おまえさんも罪ほろぼしに一つお聞かせ申したら何うだね。」
「是非聴かして頂きたいものですね。」と、わたしも云った。この老女の口から何かのむかし話を聞き出すということが、一層わたしの興味を惹いたからであった。
「だって、あなた。別に面白いお話でもなんでも無いんですから。」と、女は迷惑そうに顔をしかめながら笑っていた。
「どうしても聴かして下さるわけには行かないんでしょうか。」と、私も笑いながら催促した。 志津 ヘアサロン
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